■ 7大陸最高峰制覇することを、セブンサミット 7-Summit と言います… | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
- ■ エッセイ - | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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■ 7大陸最高峰制覇することを、セブンサミット 7-Summit と言います… | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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"学生生活 2005 ! " | |||||
学生生活 2005春 | |||||
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(#^.^#) 拙い文章ですが…、元気な気持ちが伝われば幸いです。 | 平成17年春 | ||||
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"Dream is power ! " | |||
私は山登りをする以前、染め織りをしていました。羊毛を染めて紡ぎ、テキスタイルやクラフトを製作する。アトリエ兼居間で好きな音楽を聴きながら布を織る。手織りの布は、やわらかな時間と空気を吸い込んでふっくらと仕上がる。織りの題材や染料の草木を求めて野山を歩くうちに、だんだんと横道にそれていった。より遠くへ、より高みへと心が動いて、40歳にしてオフロードバイクで走り回り、山に登り、海を越え旅するバックパッカーになっていた。 '95年の冬、十勝岳温泉の銀嶺荘で出会った人に、夏になったら究極の温泉に連れてってやると、トムラウシ川の地獄谷に誘われた。沢登りが何かも知らずに行った私は、崖をよじ登る、壁をへつる、足を上げるとひっくり返りそうな川の渡渉に驚いた。こんなに真剣になったことがなかった。岩をやるといいと言われ、その夏山岳会に入り岩登りを始めた。 何もかもが、初めて経験する感覚だった。懸垂下降は、空飛ぶ夢が現実になったようで、なんとも爽快だった。冬、小樽の赤岩でのアイゼン訓練や十勝のカミホロカメットクのミックス登攀は、上から下からシャワーのように雪が降ってきて世界の果てに取り残されたような悲しい気分になった。極めつけはアイスクライミングで、冷たくて手は痛いし、氷に向かい『なんでこんなことせにゃならんの?』と頭が真っ白になった。海外の山に行ってはじめてそれらが全部繋がった。6000m以上の山には、クレパス、岩と雪のミックス、アイスも全部あり、すべての技術が必要になるのだ。ザイル、ピッケルは命を守る道具なのだということを身をもって知った。 北米、南米、ネパールと海外の山に度々出かけるようになった。旅と山が一緒になり、海外はよりスパイスの効いた刺激的なものになった。山という空間は、大気を体で感じる爽快さがある。その感覚は触覚に近い。目に映る色彩や風の音、雪や岩の匂いそして土の感触を、頬や手や足の全身で感じ取っていく。山の雄大な映像とともに心が指揮する大地のシンフォニーを聴く想いだ。歩く速さは、木魚のリズムにも似てものを考えるのにちょうどいい。山行が終わるころには、心がすっきりし、そぎ落とされた自分が残る。 その後、ひとり旅に出る。山をとりまく自然、文化、宗教などが土地々々で異なり、当然人々の暮らしも違ってくる。そんな人たちとの一期一会の出会いは、私に強い影響を与えた。ネパールの貧しいけれど人を思いやることの知っている人々。そしてアラスカの深い森のキャンプ場で心細くしていた時、自宅からランチを届けてくれた人のことは忘れられない。悪天候のマッキンリーで凍傷になり、手足の先の感覚がなかった。ジュノーの町はずれをザックを背におぼつかない足取りで歩いていると、車が止まってキャンプ場まで送ってくれた。森のキャンプ場は鬱蒼として暗い。もう雪山は見たくないのに見渡す山々には雪が残っていて心細く思っていたときに、車に乗せてくれた人が、温かいランチと飲み物を手に戻ってきた。厳しい自然に痛めつけられた心は、人の優しさに触れたことで、堰を切ったように涙が溢れた。 私はこんなところで、何をしているんだろうと思った。どうして憑かれたように山ばかり登っているんだろう。翌日もヘインズへ向かうフエリーの中で考えていた。山岳ガイドをしているジョンを訪ねる船旅だった。ジョンはヘインズの町から、10キロほど離れた森の中に住んでいた。水彩画のアーチストでもあり、パートナーのシャロンは機織とビーズ細工をしている。二人は小さなギャラリーを開いていて、私はギャラリー上の、氷河の見える屋根裏部屋で猫のゴジラと一緒に昼寝をして過ごした。 遊び相手は、近所に住む中学生のセーラだった。私たちは毎日ギャラリーの外壁につくられた人工壁でクライミングをしたり、木登りや木の幹を渡って、トラバースの練習をしたりしていた。 ある時、公道の電気ボックスにペイントする大会があつた。セーラが漢字を書きたいと言うので「何の言葉がいい?」と聞くと「夢」と答えた。「なぜ?」とたたみかけると<Dream is Power>という答が帰ってきた。すてきな言葉だと思った。そう、私はマッキンリーに登りたいと夢を追いかけてここに来たのだ。それも二度も。そもそもがひ弱な志にすぎなかった。自然の驚異のなかで、自分の弱さを見せつけられた。やり遂げる強い意志もなく簡単に諦めたのだ。 私は、短いアラスカの夏を、ジョンや友人たちと過ごした。カヌーに乗って小さな島にイチゴ摘みに行ったり、出来上がったばかりのスモークサーモンと生ビールに舌鼓をうち、7月4日の独立記念日には鮭のちらし寿司を作った。温かな人たちと、穏やかに流れる時間のなかで私は自分を取り戻していった。そして、「Makiの夢はエベレストに登ること?」と聞かれたとき、「いいえ」と答えた心の中に8,000m峰にトライする夢が生まれていた。2000年夏のことである。 指を立て、風はどっちから吹いてる?と確かめる感覚だけで夢に向かっている私は、たくさんの人の追い風に助けられている。山が山をよび人が人をよびよせ、七大陸最高峰へと繋がっていった。人との出会いが、山へと導いてくれたと思う。地球の七つの大陸のてっぺんに私の踏跡が残されている。登ったという事実が夢のようで、私ではなく誰か違う人のことのような気がする。地図を見たときにひそかに嬉しくなる。 今、私は語学を学んでいる。旅をして英語の必要性を強く感じた。いつの日か自由にコミニケーションができるようになりたいと願う。そしていつも未知のことに心を躍らせ、好きなことに夢中になって暮らして生きたいと思う。本を読み想像をめぐらし、旅をして五感を使い、音楽で心を癒し、いくつになっても学ぶ喜びを持っていたいと思う。 今年の冬は寒く長い。極寒の南極から戻って、こんなはずではなかったと恨めしく思っている。 しかし、職場に近い野幌の森は、日ごとに木々の冬芽がふくらんで春が近いことを告げている。 春よ来い!重いコートをスルリと脱ぎ捨て、萌黄色のスカートの裾をひるがえしてスキップしよう! |
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平成18年2月11日 | |||
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